三重県松阪市情報サイト


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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照  豆知識コーナー
【松阪市とは】
三重県の中部に位置し、伊勢湾に面する市である。松阪牛の生産で知られる。気候は比較的温暖。
江戸時代は伊勢商人を輩出した商業町であり、現在も紀勢本線・近鉄大阪線・山田線沿線を後背地に持つ
三重県の経済拠点の1つである。江戸時代は紀州藩領であった。
三重県中部、伊勢湾に面する旧・松阪市域から奈良県に接する旧・飯高町域まで広大で、津市に次ぎ県内で
2番目に面積が広い。南西部は山地が連なり、北東部には伊勢平野が広がる。
【松阪牛とは】
三重県松阪市及びその近郊で肥育される黒毛和種。「まつさかうし、まつざかうし、まつさかぎゅう、まつざかぎゅう」
と様々に呼ばれるが、「まつさかうし」が品評会での登録された公式の呼び名で、生きている場合は「まつさかうし」
だが加工して食肉となったものは「まつさ(ざ)かぎゅう」と呼ばれるのが正式な呼び方である。
日本三大和牛の1つ。2002年(平成14年)8月19日以前は「松阪牛」全てが高級銘柄牛肉であったが、以後は格付けが
低いものまで「松阪牛」との呼称が許され、全てが高級とは限らなくなっている。
江戸時代には、農耕用の役牛として但馬国(兵庫県但馬地方)の雌牛を飼育していた。明治になり、西洋文化の影響で
牛肉食が始まると、遅くとも1905年(明治38年)頃までには、農耕用を退役した牛が肉牛として売られるようになった。
その後役牛から肉牛へのシフトが進み、1935年(昭和10年)に東京で行なわれた『全国肉用牛畜産博覧会』で名誉賞を
受賞したことから全国的に知られるようになった。
戦後は1949年(昭和24年)に松阪肉牛共進会が開始され、品評会に優秀な肉牛が出品されて松阪牛の名声を高めた。
一方で、日本食肉格付協会の枝肉格付けが最上級のA-5とB-5のもののみを「松阪牛」と認定し、品評会向け以外に
一般に流通するものにも厳格な品質を貫いた。
2001年(平成13年)に発生したBSE問題や産地偽装事件への対応のため、2002年(平成14年)には子牛の導入から
出荷までを管理する「松阪牛個体識別管理システム」が発足し、これに登録した肉牛を松阪牛とした。しかし一方で、
2002年(平成14年)8月19日の規約改訂により、「松阪牛」の定義から枝肉格付けが削除され、肉質が最低の1であっても
「松阪牛」と名乗れるようになった。このため、全ての「松阪牛」がすなわち最上級の高級牛肉である時代は終わった。
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